環境中の細菌を研究する
地球上には1030個もの細菌が生息し、全宇宙の星の数よりもはるかに多く、重さにして(炭素量換算)地球上の全植物の合計に匹敵する量が存在しているとも言われています(Whitman et al., 1998)。その生息環境も多岐に渡り、海では表層から深海底まで、陸上では南極から砂漠まで、動物の体内、空気中、さらには他の生物が生息できないような高温・強酸環境や、地表から1000 mを超える地殻内まで、あらゆる環境に細菌は存在しています。その中でも私は、湖に生息する浮遊細菌に注目しています。浮遊細菌とは、その名のとおり、水の中に漂って生活をしている細菌で、海洋、湖沼、池、水たまりなど、どこの水をすくっても、ティースプーン1杯あたり、10万~1000万程度の細菌が生息しています。
これら環境中の細菌は、それぞれが活発に活動し、環境中の物質を利用して増殖しています。1個体1個体は目に見えない小さな生き物ですが、その圧倒的な存在数によって、生態系の中の物質の分解や変換において、無くてはならない中心的な役割を果たしています。例えば外洋の光合成量の4割、地球上の農耕地を全て足し合わせた量と同程度の光合成量がProchlorococcusというシアノバクテリアによるものであると言われています(Biller et al., 2015)。またそうして水中で生産された光合成産物のうち、半分が細菌によって分解されていると見られています(Azam, 1998)。最適条件で生育する細菌は、人間100人分の重量を集めてくれば、原発1基と同じだけのエネルギーを回すことができるという推計もあります(Pomeroy et al., 2007)。地球の生態系の健康が保たれているのは、活発に物質を代謝する目に見えない生き物たちがあってこそ、ということです。
これら細菌の生態の解明は、地球上の生態系や物質循環の仕組みを理解することにつながり、今後人類が環境問題と付き合っていく上で不可欠です。しかし、顕微鏡でしか見ることが出来ない細菌の研究は、手法的な制約が大きく、環境中に生息する全細菌種のうち、これまでに培養されて詳しく性質が分かっている種類は、1%にも満たないといわれています。今日も、世界中の研究者が、次々と新たな手法を開発し、環境中の微生物の知られざる生態を明らかにするために奮闘しています。
また、産業的な観点からは、これらの研究は、バイオテクノロジーや環境浄化に資する新規微生物資源や、有用な酵素・化合物を生産する遺伝子資源の発見につながる可能性があります。さらに、環境中の細菌から見出された性質や、その研究に用いられた手法が、細菌を対象とする他の分野の研究に応用されることも期待されます。
- Whitman et al.(1998) PNAS, 95: 6578-6583.
- Biller et al. (2015) Nat Rev Microb 13: 13–27.
- Azam (1998) Science 280: 694-696.
- Pomeroy et al., (2007) Oceanography 20:28–33.